入国審査(Upon Entry)/2025

作品情報

キャスト

  • アルベルト・アンマン(ディエゴ役)
  • ブルーナ・クッシ(エレナ役)
  • ベン・テンプル(バレット審査官役)
  • ローラ・ゴメス(バスケス審査官役)

あらすじ(ネタバレなし)

スペインからアメリカへ移住を目指すカップルが、空港の入国審査で突然別室に連れて行かれる。
理由も告げられず始まる尋問の中で、二人の関係に微妙な亀裂が生まれていく。
密室で展開される心理戦が、観る者の緊張感を極限まで引き上げるサスペンスドラマ。

以下、ネタバレあり

あらすじ(ネタバレあり)

🟩起:希望のフライトと、疑念のゲート

スペイン・バルセロナからアメリカへの移住を夢見るカップル、ディエゴとエレナ。
エレナがグリーンカード抽選に当選し、二人は新天地マイアミでの生活に胸を膨らませて渡米する。

到着したのはニューヨークのニューアーク空港。
入国審査を受ける中、彼らは突然「こちらへどうぞ」と案内され、別室へと連れて行かれる。
そこは“二次審査室”と呼ばれる密室。
形式的な手続きだと思っていた二人は、次第にその空間がただの審査ではないことに気づき始める。
審査官は穏やかな口調ながらも、二人の関係性や過去に踏み込む質問を投げかけてくる。
なぜ戸籍上は結婚せず、事実婚なのか、どんな経緯で一緒に来たのか、アメリカで何をするつもりなのか——。
カップルの絆が試される心理戦が、静かに幕を開ける。

🟨承:尋問の迷路、揺らぐ信頼

審査官たちは二人を別々に尋問し始める。
質問は次第にプライベートな領域へと踏み込み、セックスの頻度や過去の恋愛、互いの職業や家族構成にまで及ぶ。
ディエゴとエレナは答えを合わせようとするが、微妙な食い違いや記憶のズレが生じる。
審査官はその矛盾を巧みに突き、心理的に揺さぶる。

エレナは尋問の中で、ディエゴが過去にアメリカ人女性と婚約していた事実を初めて知る。
しかもその婚約は、ビザ取得を目的としたものだった可能性がある。
エレナの中で不信感が芽生え、彼への信頼が揺らぎ始める。
ディエゴは必死に弁明するが、審査官の冷静な態度と巧妙な誘導により、二人の関係は徐々に崩れていく。
密室の中で、愛と信頼が少しずつ剥がされていく様子が、静かに、しかし確実に進行していく。

🟥転:制度の檻、崩れる絆

尋問はさらに激しさを増し、審査官は二人の証言の矛盾を突きながら、互いの発言をすり替えて伝えるなど、心理的な圧力を強めていく。
エレナはディエゴの過去に対する疑念を拭えず、彼の言葉を信じきれなくなっていく。
ディエゴもまた、エレナの態度に焦りと苛立ちを見せ始める。
二人の間にあったはずの絆は、制度の名のもとに行われる“合法的な尋問”によって、徐々に壊れていく。

審査官はあくまで冷静に、しかし執拗に「アメリカに来た目的は何か?」と問い続ける。
その問いは、単なる入国理由ではなく、二人の人生観や価値観を試すものとなっていく。
ついにエレナは涙ながらに「バルセロナに帰りたい」と口にする。
入国の可否よりも、二人の関係そのものが崩壊寸前にまで追い込まれていた。

🟦結:残された沈黙

尋問の末、審査官は突然に「入国を許可します」と告げる。
ディエゴとエレナは、長時間にわたる心理的圧迫と互いへの疑念に晒されながらも、形式上はアメリカへの入国を認められる。

しかし、その瞬間に映し出される二人の表情は、勝利や安堵とは程遠い。
沈黙の中に漂うのは、疲弊、困惑、そして言葉にできない不信感。
審査室を出る描写はなく、観客はその場面で唐突に物語の幕切れを迎える。

感想(ネタバレあり)

シンプルに書くと、「終始息苦しい映画」だった。
映像のほとんどが無機質な個室で、尋問をされている映像。
77分というとても短い映画にもかかわらず、その圧迫感や延々と続く緊張感から、短い映画には感じられなかった。

はじめは「なぜ尋問されているのか?」「相手は何を知りたいのか?」が分からず、私自身、はじめは「お役所仕事って、こういう感じだよね。ハッキリ何が引っかかっているのか聞けばいいのに」と思っていたが、そうではなかった。
ディエゴにボロを出させたい、真実を語らせたいがための誘導であった。

私が理解に難航したのも、ディエゴが「ベネズエラ出身である」ことが作中で明かされたが、それがどういうことなのかを瞬時に理解できなかった不勉強由来である。
ベネズエラは政治的混乱や経済危機により、多くの人が国外移住を余儀なくされている国だ。
彼がスペイン・バルセロナに渡った背景には、そうした現実があるらしい。
後から知ったことだが、スペインのバルセロナは移民を多く受け入れる都市であり、自由と多様性の象徴でもあるようだ。
しかし、きっとディエゴはそこでも「外から来た者」としての不安は消えなかったのだろう。
この作品は、ディエゴの出自を通じて「国境を越えても、疑念は越えられない」という現代の移民の葛藤を描いている。
だからこそ、人種のるつぼである「自由の国アメリカ」に憧れるのだろう。

二人は、入国を許可されて、どうするのだろうか。
もし自分がエレナなら、どうするのだろうか。
もしディエゴなら、挽回できるだろうか。

✅魅力に感じたところ

  • 心理戦の濃密さ
    ほぼ全編が空港の審査室という密室で展開され、会話と沈黙だけで緊張感を構築。
    観客自身が「尋問されているような感覚」に陥る迫力がある。
  • 社会的テーマの深さ
    入国審査という制度を通じて、国家と個人、信頼と疑念、愛と監視というテーマが交錯する作品。
    ベネズエラ出身の監督が自身の移民体験を反映しており、リアリティが際立つ。
  • 短尺ながら高密度
    わずか77分というコンパクトな尺の中に、関係性の崩壊と制度の暴力性を凝縮。
    無駄がなく、緊張が途切れない。

❓気になったところ

  • 静かすぎる進行
    派手な展開や音楽がなく、テンポも緩やか。
    アクションやサスペンスの「盛り上がり」を期待する人には物足りなく感じ、好みが明確に分かれる作品だと思う。
    ミニシアター系というべきだろうか。
  • 余白の多さが不安と同時に曖昧さを生む
    ラストは「入国許可」の一言で終わるが、関係の行方は描かれず、観客に委ねられる。
    これを「余韻」と捉えるか“「物足りなさ」と感じるかは分かれる演出になっている。
  • 登場人物の背景描写が最小限
    ディエゴやエレナの過去が断片的にしか語られず、しかも少しずつ小出しになったり、2人の関係性のスタイルが先進的過ぎるため、感情移入は難しい。

🎥映像について

この映画は、「何も起きない事が最大の魅力」と言える作品。

  • 密室の空気を映像で可視化
    カメラは固定気味で、表情や目線の変化に寄ることで、沈黙の緊張を最大化。
    観客は「わずかな揺れ」に敏感になり、映像から少しも目が離せなくなる作りになっている。
  • 音楽を排した設計
    劇伴をほぼ使わず、環境音と沈黙だけで空気を作る。
    これが逆に「尋問のリアルさ」と「無機質さ」を強調し、観客の不安を増幅している。
  • 低予算を逆手に取った集中設計
    ほぼ1部屋・たった4人の登場人物・そして何より17日間の撮影という制約の中で、視覚的緊張を最大限に引き出している。
    ※本作は監督コンビのデビュー作であり、資金も限られていたため、撮影日数を絞ることで、人件費・機材・ロケ費用を最小限に抑える必要があったとのこと。

以上、「入国審査」の感想でした。

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